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 「わたしは潤いのない地に水を注ぎ、乾いたところに豊かな流れを注ぎ、わたしの霊をあなたの子孫に、わたしの祝福をあなたの末裔に注ぐ」(イザヤ44:3)

 今年「見よ。わたしは新しいことを行う」と語ってくださつた主は、「わたしの霊を注ぐ」と約束してくださいました。

 反逆の民であったにもかかわらず、神はイスラエルを罪から贖ってくださいました。

 罪の結果である荒野のような苦しい場所を私たちは通りますが、その「潤いのない地」に水を注ぎ、「乾いたところ」に豊かな流れを神は注いでくださいます。

 神の霊は私たちの飢え渇いた心に注がれます。「満たされてもう十分です」というところではなく、カラカラに渇いてどうしようもない心に主の霊は注がれます。

 飢え渇きをもって主に向かうなら、主が私たちの心に、そしてその子孫、末裔にまで、主の霊を注いでくださいます。

 主は、ご自身の民に聖霊を注いで、新しいことを行われます。地上の何物も満たすことができない 心の飢え渇きをもって主に向かいましょう。

 潤いのない地、乾いたところにこそ、主の霊は豊かに注がれます。



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 「見よ、わたしは新しいことを行う。今、それが芽生えている」(イザヤ43:19)

 新年おめでとうございます。

 今年は久遠キリスト教会創立80周年です。

 ここまで主が守り導いてくださったことを感謝するとともに、これから主がなさることに期待しましょう。

 イスラエルの人々は、出エジプトの時に主が行われたみわざを絶えず思い起こしましたが、ここでは出エジプトの出来事さえも「目を留めるな」と言われています(16〜18節)。

 あの時とは全く違う新しいことを主は行われるのです。

 見えるところは荒野のように何も良いものが見当たらない場所で、神はご自身のわざを行われます。

 荒野がスタートです。

 何も無い荒野を私たちが見るときにも、「今それが芽生えている」と主は宣言されるのです。

 私たちが主に出会ったのも、荒野のような場所でした。

 主は「必ず荒野に道を」設けてくださいます(19節b)。

 見える状況が良くなった時にではなく、まだ荒野のような不毛地帯にいるところで、主の新しいみわざが始まり芽生えていることを信じましょう。

 今年のテーマ: 主がなさる新しいこと : 

 目標  

 ①主がなさる新しいことに期待しよう。

 ②今芽生えていることに目を留めよう。

 ③荒野に道ができることを信じて主に仕えよう。



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