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丹羽鋹之 著作集

初代牧師である丹羽鋹之先生の著書をご紹介します。

ルカによる福音書 (1~12巻)
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・ 十字架の福音をストレートに語っている。
・ 平易な文章で読みやすい。
・ 個人の学びのために。
・ 家庭集会のテキストに最適。


2004年11月18日 初版発行
2005年度内に全巻発行


1 ~ 6巻:1,000円(税込み)

7~12巻:  952円+税

使徒行伝(1~7巻)
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本書は、丹羽鋹之先生が久遠キリスト教会の祈祷会で1973年9月20日以降、毎週講解されたものです。
聖霊行伝ともいわれる「使徒行伝」を、先生ご自身、まさに聖霊の導きの中で語り続けられ、使徒たちの上に現された主のみわざのすばらしさに、語る者も聞く者も全員が感動を覚えたものでした。


1998年11月3日 初版発行

Ⅰ~Ⅴ巻:2,000円+税
Ⅵ、Ⅶ巻:
1,500円+税

信仰によって彼らは(1)ヨシュア、ラハブ、ギデオンの場合-ヘブル人への手紙11章30~32節-
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”今回は、1963年より始められたヘブル人への手紙の講解の中から、11章で挙げられている「信仰によって歩まされた」神の器たちについて語られています。
彼らの生涯を通して、更に深く神の御心を知ることが出来、この混沌とした世相の中にあって、「信仰に立って歩む」ことのお手伝いを少しなりともさせていただけたらと願っております”  

(「はじめに」より抜粋)

2003年10月 初版発行

1,000円+税

信仰によって彼らは(2)バラク、エフタ、サムソンの場合-ヘブル人への手紙11章32節-
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”本書では士師バラク、エフタ、サムソンについて語られて参ります。
約束の地イスラエルに導き入れられたにもかかわらず、異邦人との闘い、偶像との闘いなどに明け暮れた時代に生きた士師たちでありました。
士師の時代も混迷のときでありましたが、私たちの只今の時代もまた、まことに混迷のときでございます。
それだからこそ信仰のみが問われている時であると思います。
バラク、エフタ、サムソンたちがどのように主に用いられ、主の器とされていったか、それは時代を生きる私たちにとり、大切な道標となるのではないでしょうか。”  

(「はじめに」より抜粋)

2004年4月 初版発行
 
1,000円+税

信仰によって彼らは(3)サムエルからダビデまで -ヘブル人への手紙11章32節-
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2005年8月 初版発行

1,200円+税

往く所を知らずして(アブラハムの信仰・上)
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”本書は、かつて木曜日毎の祈祷会で語ったアブラハムの信仰の生涯(創世記11章26節~25章11節)をまとめたもので、主の導きのままに、ただ従わされて来た私の信仰の告白でもある。
信仰の歩みとは、古きを後にして主のみ跡に従い、日々に新しい道へと出て行く歩みであると思う。
かくてこそ恵みから恵みへと、主の豊かな御扱いをうけていくことができるのである。”  

(序より抜粋)

1974年10月30日 初版発行

1,000円+税

信仰を遺産として(アブラハムの信仰・下)
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1975年10月10日初版発行

1,200円+税

馬小屋にひれ伏して(降誕説講解)
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”本書の刊行は先生御自身が数年前から願っておられたもので、クリスマス聖日ごとに語られた聖書講解であります。
イエス・キリストの降誕は人間の歴史の中に、2000年前、人としてこの世に下り給い、私たちの罪のために自ら十字架に死んで、私たちを呪われた罪から解放してくださった、そして死に打ち勝って甦り、今も生き給うキリストです。
神学でも教理でもありません。
この生き給うキリストを証しする証人として丹羽先生は生涯を歩まれました。したがって、本書に集録されました聖書講解は先生自身の信仰の告白であり、生きたキリストの証しであります。”  

(序より抜粋)

1978年12月10日 初版発行
 
971円+税

エマオへの道
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”キリストの復活、この事実なしにキリスト教はなく、教会の存在はありえない。しかるに近年とみにキリストの復活を否定し、あるいはその事実をゆがめて解する傾向の、一般教会内に強く現れつつあるを見るは、まことに恐るべく、また嘆かわしいことである。
キリストの十字架と復活を、そして再臨を聖書の示すままに信じない信仰は、真のキリスト信仰とは言えない。
かかる教会はキリストの教会にあらずして人間の教会である。教会は教理や神学のキリストでなく、墓を破って甦りたもうた生けるキリスト、ここに生きて今も昔と変わりなく働きたもうキリストを信ずる者たちの集まりである。
本書は復活節ごとに語られたキリストの復活についての聖書の講解であり、私の信仰の告白である。
これによっていささかでも我らの主イエス・キリストの復活についての証しができたならば、私にとってこの上なき幸いである。”  

(まえがきより抜粋)

1970年7月10日 初版発行
 
1,500円+税

わが愛におれ
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”本書は丹羽鋹之先生が、1977年10月から11月にかけての聖日礼拝で、4回にわたり病躯を押して講解されたものです。
先生は第4回の講解後、間もなく聖路加病院に入院されて半年足らずで天に召されました。
したがって、これが先生の地上最後の聖書講解となりました。
今にして思えば、丹羽先生は私たち教会員へ、これだけはどうしても言い残しておきたいと切願された信仰の真髄を、このヨハネによる福音書15章1節から7節の講解に凝縮して託されたのです。
本書が1人でも多くの読者の方々に、この「ぶどうの木と枝」のたとえにこめられたイエス・キリストの愛のメッセージをお届けできますよう祈ってやみません”  

(まえがきより抜粋)

1991年12月23日 初版発行
 
800円+税

伝道の書 上(1章-6章)
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”本書は、人間の経験なしうるきわみの出来事を味わいつくした伝道者が、”空の空、空の空、いっさいは空である”と語る「伝道の書」を、イエス・キリストの十字架の福音を通し、キリストご自身を求め続けられた先生の信仰によって講解されたものであります。”  

(まえがきより抜粋)

1980年4月18日 初版発行

定価 500円+税

伝道の書 下(7章~12章)
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”本書は、人間の経験なしうるきわみの出来事を味わいつくした伝道者が、”空の空、空の空、いっさいは空である”と語る「伝道の書」を、イエス・キリストの十字架の福音を通し、キリストご自身を求め続けられた先生の信仰によって講解されたものであります。”  

(まえがきより抜粋)

1980年12月5日 初版発行

定価 1,456円+税

福音と律法 ガラテヤ人への手紙・上
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”本書は、丹羽鋹之先生が、1962年の5月から12月まで30回にわたり、聖日礼拝において講ぜられたもので、録音テープから書き起こしたものでであります。
純粋な福音とはいかなるものであるか、また、信仰はどういうところから違った福音にずれていくのか、わかりやすく解き明かして下さったこのご講解は、私たちの群れに大切な方向づけを与えて下さいました。”  

(まえがきより抜粋)

1982年9月1日 初版発行 

 

1,200円+税

愚かなるガラテヤ人 ガラテヤ人への手紙・中
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1983年4月18日 初版発行 

 

1,200円+税

誇るはただ十字架 ガラテヤ人への手紙・下
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1983年12月25日 初版発行 

 

1,200円+税

我を造り給いし神 詩篇139篇講解
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”1957年以来、毎夏、箱根山上芦ノ湖畔において久遠基督教会の夏期聖書集会を持って来た。
この冊子は1962年に行われた詩篇代139編の講義筆記である。聴講者の中には初心の人たちも多くあり、平易を旨として語られたもので、従って進んだ深い研究というようなものではない。
この小冊子が福音の理解を深めることのために、少しでも役だつならば、私にとって望外の喜びである。”  

(まえがきより抜粋)

1964年6月30日 初版発行 

 

300円(税込み)

神愛無限 詩篇103篇講解
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”これは昨年刊行した”我を造り給いし神”の続刊で、1963年8月、箱根山上聖書集会において語られた詩篇103編の講義筆記によるものである。
聖書は万人すべてに与えられ、語られている神の言葉である。
それゆえに誰もがこれを理解できる言葉である。
イエスの語られる言葉を聞いた人たちの多くは、知識のある人々ではなかった。
神の言葉は知識のあるなしにかかわらず、聞かんとする者には誰にもわかる言葉である。
しかるに聖書が語られるところにおいて、ことさらに難しい言いあらわしがなされていることは否めない事実である。
本来平易なものを更にやさしく説明することこそ、万人すべてに与えられている聖書の説き方ではないかと思念し、かねてより私は誰にもわかるようにとの念願をもって語ることに心を用いてきた。
本書もまたその方向において語られたものである。”  

(まえがきより抜粋)

1965年10月5日 初版発行 

 

286円+税

信仰とは何か  聖書講解3篇(黙示録3章、他2篇)
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”本書は、故丹羽鋹之先生が春秋2回の関西伝道旅行をはじめられて10年目にあたる昭和48年の秋に、久遠基督教会の高槻集会と京都集会において語られた3篇であります。
3回のお話は一貫して福音の真髄を語りつくしおり、1人でも多くの方に、キリストの福音の事実を知っていただきたく願って、このたびの刊行となりました。”  

(まえがきより抜粋)

1979年7月20日 初版発行 

 

400円+税

主の祈り・霊の祈り  マタイ6章、第一コリント14章
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”…そして祈りをもって歩まされおりますうちに、弟子たちが主に願い出たように、私たちも本当の祈りを教えていただきたいと、そんな願いがおこされてまいりました。
・・・そして更に祈りのあり方をはっきり学ばされたいとの願いが強められ、1975年の2月2日と9日の2回の聖日集会に、丹羽鋹之先生が、「主の祈りについて」「霊の祈りについて」と題して、特に祈りについて語って下さったことを思い出し、この春の合宿集会は、このご講解を中心に行うように導かれました。
そのような導きの中に本書の出版が願わされ、ここに発刊の運びとなりました。”  

(まえがきより抜粋)

1983年5月1日 初版発行 

 

600円+税

砕けたる霊魂の祈り  詩篇51篇、65篇、他
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”本書は、丹羽鋹之先生が、1973年8月28日から31日まで、天城山荘において持たれた久遠基督教会夏期聖書集会で語られた講解であります。
本書によって、砕かれるとはどういうことなのか、また砕かれた魂の祈りとはどのような祈りであるのかを、はっきりとうけとらされていきたいと切願いたしております。”  

(まえがきより抜粋)

1983年8月10日 初版発行 

 

600円+税

主はわが牧者  詩篇23篇
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”詩篇23編は、丹羽鋹之先生が、1964年の久遠基督教会夏期聖書集会で話されたものです。
このたび、丹羽鋹之先生召天10周年を機会に、出版の運びとなりました。
本書が、1人でも多くの方々に読まれて、心の糧となりますよう、祈ってやみません。”  

(まえがきより抜粋)

1988年4月17日 初版発行 

 

291円+税

大空はみ手のわざ  
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”この詩篇19編は、1965年の久遠基督教会夏季聖書集会における丹羽鋹之先生の聖書講解であります。
この小冊子が、1人でも多くの方々の魂の糧となりますよう祈ってやみません。”  

(まえがきより抜粋)

1990年10月21日 初版発行 

 

300円+税

憩いのみぎわシリーズ
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人間苦からの解放  マタイ11章28-30

250円+税

キリスト教信仰かキリスト信仰か
東京高裁会議室での講演

250円+税

荒野に川は流れて  イザヤ書43章、49章、61章

250円+税

疑惑と信仰  ルカ7章19-23

250円+税

平和の道  イザヤ書57章14-21

250円+税

憩いのみぎわシリーズ
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土の器にこの宝を  第二コリント4章7-10

250円+税

迷える羊  ルカ15章1-7

250円+税

失われた銀貨  ルカ15章8-10

126円+税

真の平和  大阪・中之島公会堂での講演

250円+税

立ちて父に帰る  ルカ15章11-24

194円+税

身はここにあれども  ルカ15章25-32

250円+税

丹羽鋹之随想集
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くおんの窓  

”本書は、昭和46年12月、従来の「憩のみぎわ」が、「久遠教会会報」と合併して月間になった際、翌3月号から、毎回最終ページに「枯骨生」と号して掲載された、丹羽鋹之先生の折々の随想を1冊の書物にまとめたものであります。
「憩のみぎわ」を手にすると、まず「くおんの窓」から読むという読者がたくさん出るほど親しまれた欄であります。
本書により、1人でも多くの方々が、丹羽先生の信仰生活を通して、福音の真髄にふれていただくことができれば幸いであります。”  

(まえがきより抜粋)

1986年4月18日 初版発行 

 

2,000円+税

憩いのみぎわ社

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